2025年12月12日

母を送る 9

その後のことはほぼ段取り通り、と言ってよいでしょう。父が亡くなった時には「仏壇」というものがありませんでしたが、母の遺体を一晩「仏間」で安置しました。
その際「実家片付け」を読んで大いにお片づけをしてあったのですが、今週の「赤旗日曜版」で同著書が紹介されています。
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「家族葬」というのもコロナを機に広く行われるようになりました。父の葬儀の時と比べてもごくごく内輪の式になりましたが、母らしい送り方ができたかと思っています。
一つだけ付け加えると、名古屋市の火葬場である「八事斎場」が再整備のため使用できず、「第二斎場」は名古屋市民でなければ使用できないそうです。というわけで、豊田市にある「古瀬間聖苑」へ向かったのですが、私が豊田市民であるため死亡通知は豊田市役所に提出しました。(実際に市役所へ赴いたのは葬儀会社の方です)。
また、葬儀を行うついでに「初七日」のお経も済ませましたが、「四十九日」に合わせて、父の「十三回忌」も合わせて法要を行うことにしました。
母の最期のリクエストだった「父のダウンの袖なし」は、ちゃっかり私がもらってきて、今着用しています。とてもあったかいです。
そして「プチトリップ 20251128」の記事に戻るのですが、実はその前、実家から足助の我が家に戻る道中、映画「TOKYOタクシー」を見てきました。「母を送る 1」で映画「家族」について触れましたが、なんだか山田監督に見守られているような気がいたしました。(終わり)
posted by nora_asuke at 09:30| Comment(0) | #家族

2025年12月11日

母を送る 8

本日でこのブログを始めてまる19年になります。この間に、舅、父、姑を見送りました。母を送るに際し、この経験が大いに生かされたように思います。
「八事日赤」では、当たり前ですが、見舞いの時間と人数が制限されています。ただ、母のような容体の患者には無制限で面会が許されました。実家から「八事日赤」へは車で15分くらいです。「国道153号バイパス」は、私が免許を取得したころに工事の始まった馴染みの道路です。午前中に母を見舞い、懐かしいエリアをとりとめもなくドライブして実家へ戻る、ということを3日ほど続けました。母がかつて勤めていた「ユーストア」は現在の「ピアゴ平針」です。ふらりと訪ねると、書籍売り場に「白ゆり家計簿」が置いてありました。例年この時期に母に贈っていたものです。母が回復する見込みはないと思いつつ、来年の家計簿を買い求めました。
火曜日の夜、実家で一人夕食をとった後の時間でした。弟から「日赤の看護師さんから来てほしい」旨の連絡があったと電話がありました。いつそうなってもいいように心構えていたはずですが、とっさにスマホの充電器を持って出ることを忘れました。運転しながら「充電器を忘れたな」とは思ったのですが、そういった類のものは病院の売店で手に入ることもリサーチ済みでした。
母は病室で、救急車に乗せられた時から変わらず眠っているようでした。救急車で運ばれた夜は、HCUのベッドの傍らで夜を過ごしましたが、この日は看護師さんから「家族控室をお使いください」と言われました。ソファとテレビがある和室です。4夜ここで過ごしましたが、4日目の深夜「他のご家族もお使いになります」と言われて、母の病室(個室)に移りました。
土曜日になって弟が豊橋から駆けつけ、私は一度実家に戻りました。4日ぶりに入浴して熟睡し、日曜の朝、「また1週間家族控室かな」と思いながら車を走らせていました。
病室に着くと看護師さんが、「昨夜から熱があって、今39度ある」と告げられました。「ご家族を呼んでください」とも言われました。母につながっているモニターの波形が、ドラマで見るように不安定です。午後1時過ぎ、母の呼吸が途絶えました。(続く)
posted by nora_asuke at 10:37| Comment(0) | #家族

2025年12月10日

母を送る 7

一度足助の我が家に戻りました。実家に宿泊する用意と、この後喪服を取りに戻る暇はないだろうと、黒のスーツを持って出ました。また、豊田市図書館で借りた本も返却できなくなる可能性があるので、全て返却しました。その中に「実家片づけ」という本もあり、この時私の手元にあったのは偶然ですが、とても役に立ちました。
少し図書館のことに話がそれますが、赤旗の書評などで気になる本は片っ端からネットで予約して、「石野交流館」で受けとります。多くはリクエストする人が多くて、1〜2か月後に受け取ることになります。私が手に取った時には何を参考にしたかが思い出せないのですが、この「実家片付け」は「発行年 2024年8月」とされているので、おそらく1年くらい前に予約した本です。
「メディコ平針」さんからは、早速母の荷物を引き取るようにと連絡がありました。救急車で搬送された際の手続きは私名義で行いましたが、一連の連絡は弟を介して行われます。弟から連絡を受けて私がメディコ平針へ向かうと、ボストンバッグ3つと段ボール箱一つに母のものが詰められていました。それを受け取って再度実家に戻り、洗濯乾燥機に放り込んで私はプライムツリー赤池へ向かいました。ジェットコースターに乗せられたような毎日を、少しほぐすつもりで「カラダファクトリー」を訪れました。ついでに「丸善」で「Cの絵本」というプログラミングの入門の本も買いました。この時点ではまだ、夏のスクーリングで不合格だった「プログラミング基礎」の再試験を受けるつもりでいたのです。(続く)
posted by nora_asuke at 10:15| Comment(0) | #家族