その後のことはほぼ段取り通り、と言ってよいでしょう。父が亡くなった時には「仏壇」というものがありませんでしたが、母の遺体を一晩「仏間」で安置しました。
その際「実家片付け」を読んで大いにお片づけをしてあったのですが、今週の「赤旗日曜版」で同著書が紹介されています。
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「家族葬」というのもコロナを機に広く行われるようになりました。父の葬儀の時と比べてもごくごく内輪の式になりましたが、母らしい送り方ができたかと思っています。
一つだけ付け加えると、名古屋市の火葬場である「八事斎場」が再整備のため使用できず、「第二斎場」は名古屋市民でなければ使用できないそうです。というわけで、豊田市にある「古瀬間聖苑」へ向かったのですが、私が豊田市民であるため死亡通知は豊田市役所に提出しました。(実際に市役所へ赴いたのは葬儀会社の方です)。
また、葬儀を行うついでに「初七日」のお経も済ませましたが、「四十九日」に合わせて、父の「十三回忌」も合わせて法要を行うことにしました。
母の最期のリクエストだった「父のダウンの袖なし」は、ちゃっかり私がもらってきて、今着用しています。とてもあったかいです。
そして「プチトリップ 20251128」の記事に戻るのですが、実はその前、実家から足助の我が家に戻る道中、映画「TOKYOタクシー」を見てきました。「母を送る 1」で映画「家族」について触れましたが、なんだか山田監督に見守られているような気がいたしました。(終わり)
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