由芽子は一時期旅行添乗員に憧れた。隙間バイトを検索している中で現れたその求人はとても魅力的に思われた。中学校での勤務が一区切りして、教えていた生徒たちが修学旅行に行く頃だな、なんて考えたのだった。
由芽子は、自分が中学生だった時、ノートに自作の詩や小説を書き溜めていた。十代というのは誰しもがナニモノかになりたいと強烈に意識する時期だ。由芽子は修学旅行の荷物にこのノートを潜ませて行った。由芽子は、仲のいい友達と交換ノートも書いていて、そのメンバーに読んでもらうのは躊躇しなかったが、帰りの新幹線の中では由芽子の小説は予想以上に広がって、ちょっとした話題作になっていた。
実を言うと、自らの中学生時代のことは記憶の中から欠落していたのだった。数十年を経て「国語の先生」として教壇に戻ると、昔の自分を思わせるような生徒が何人か存在していることに気づいたのだ。中学生の落書きのような作品が、その後の人生を左右するなんて、由芽子自身思っていなかったが、目の前に入る生徒がいずれ物書きになる、あるいは物書きを目指す可能性は小さくない。
残念ながら由芽子の講師生活は終わってしまったが、実は学校という場で働くのは教師だけではないと気づいた1年間でもあった。添乗員として修学旅行に同行する、というのも悪くない仕事だと思えて、求人広告に応募してみた。
語学をやる人間なら「通訳ガイド」というのがかなりレベルの高い国家資格だと知っているだろう。通訳の仕事ではなくても添乗員の仕事をするには資格が必要である。由芽子が訪ねた添乗員を派遣するオフィスでそれらの説明を聞いて、由芽子はやる気満々だった。もともと由芽子は何に対してもやる気満々なのだ。
しかし、実際に空港や駅で見かける添乗さんたちを見かけると、時間通りに集まらない客、パスポートを持っていない客、危険物を手荷物に入れている客etc.etc.それらに笑顔で対応する。学校の生徒を引率する前に超えなければならないハードルが高すぎた。
とは言え、にわか勉強で身に着けた旅行あるあるは、得難い財産になったことは間違いない。