2025年08月01日

地下鉄を降りて ZAPPING THEATER 2025

高校生になって由芽子は市バスと地下鉄を乗り継いで登校するようになった。由芽子の住んでいた郵政宿舎の真ん前にバス停があり、由芽子はこのバス停から45番「栄」行きと60番「千種駅」行きの二通りのバスが出ていることを知っていた。千種高校は千種駅とはまるっきり方向が違うが、60番「千種駅」行きで「八事」へ出る。由芽子の最初の通学路は「八事表山」⇔「八事」⇔「本山」⇔「一社」であった。今なら名城線の地下鉄で八事と本山が結ばれているが、それよりはるか以前のことである。
「八事」⇔「本山」の途中には「名古屋大学」というバス停があり(これも今は地下鉄の駅)、乗降客は甚だ多く、また便数も多かった。中学を卒業して間もなくは、他校へ通う同窓生と朝のバスで一緒になることも楽しみでもあった。しかし、日を追って由芽子は他校へ通う元の同級生と話がずれていくのを感じていた。
ところで、由芽子は小学生の時から市バスで一人で出かけることが多々あったので、家の前から乗るバスを「八事」で降りずに「千種駅」まで行けば東山線の地下鉄に乗れることに気づいてしまった。「八事表山」⇔「千種駅」⇔「一社駅」なら、乗り換え回数が1回少ない。定期券の値段は変わらなかったので、高校の事務窓口で申し出ると何事もなく許可された。
そうして秋から由芽子は、少し大回りをして登校することにした。通い始めて気がついたのは、「千種駅」の手前の「今池」で降りても東山線の地下鉄に乗れるのだった。大周りではあるが少しだけショートカットになる。というわけで、定期券の行き先は千種駅だったが、実質由芽子は、「今池」経由で半年ほど通学した。今池はにぎやかな街で、日暮れの早い冬の間もパチンコ店のネオンで文庫本が読めるほど明るかった。由芽子は、ダッフルコートのポケットに入れた文庫本を1週間に1冊のペースで読み終えて行った。ただ、メガネが息で曇るのだけが厄介だった。
そうしているうちに地下鉄鶴舞線が開通して、由芽子はさらなる遠回り通学をするのだった。
(中略)
結婚した由芽子と夫は、赤池駅のすぐ近くに新居を構えた。由芽子の考えでは、夫が地下鉄で通勤して、クルマは軽自動車を一台だけにすればいいと、実家にカローラを置いて家を出たのである。新婚の若いカップルにはそのくらいがちょうどいい、という、プロレタリアートの娘としての心づもりだった。
ところが夫は、当然のように「マイカー2台」を主張した。その頃は赤池駅付近は路上駐車OKだったので、置き場所に悩むことはなかった。夫が地下鉄に乗れないヒトだと気づくのは、足助に居を移してからである。
子どもの頃から乗り慣れないと、電車に乗ることは難しい。母親になった由芽子は、テツ男とテツ子を育てる素地を十分に備えていたのであった。
posted by nora_asuke at 17:36| Comment(0) | #シナリオ
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