2024年06月11日

at アタチュルク廟

私のシスター宅で、トルコメンバー・日本メンバーの自己紹介が行われました。トルコメンバーが全員旧知の仲同士だったのに対し日本メンバーは羽田空港で出会ってからの知り合いです。ですが、いずれもAFS関連のメンバーで、私以外の日本メンバーはホストファミリーだったり、子どもを留学させていたりという経験者です。なんで私がメンバーに含まれるのかは少しく説明を要しましたが、滞在中にリーダーの家にステイしていたことと相まって、なんだかトルコメンバーとの仲介役を担うようになっていきました。
ホームパーティーの後、ナショナルホリデーのイベントが行われる会場まで移動しました。歩いて30分以上かかりましたが、人出で込み合っていて、行きかう車は渋滞していました。私より年上の日本メンバーが「歩ける距離じゃない」と弱音を吐いていたので、帰りには何とか車で帰れないかと交渉したのは私です。
案内されてたどり着いたのは「アタチュルク廟」でした。1919年が、トルコ独立のパレードを開始した年で、5月19日がアタチュルク(ムスタファ・ケマル)の誕生日だとの説明でした。アタチュルクの遺体が保存してある荘厳な施設です。衛兵の交替が行われるのを見物したり、遺品の展示を見たり、なんだかとにかくアタチュルクという雰囲気は大いに理解しつつありました。
夜にはコンサートも開かれ、野外コンサートの会場では日本人一行は珍しかったのでしょう、隣り合わせた見知らぬ方から「ヒマワリの種」の差し入れをいただきました。私は、昔おばあさんが我が家のヒマワリの種を干して食べようと試みたもののあっという間にカビさせた記憶があり、きれいに乾燥させたヒマワリの種がスナック菓子として案外イケるとおいしくいただきました。日本メンバーは、ヒマワリの種が食べられるとは、もっと言えば「これがヒマワリの種なのか」という認識もあいまいだったと思います。私がパクパクと食べているのを見て恐る恐る口に運び「おいしー!」と喜んでいました。それを見たトルコメンバーがどこかでヒマワリの種をお土産に買って持たせてくれました。
これ以降も、日本メンバーが喜ぶものをいつの間にかお土産に仕立ててくれるトルコメンバーでした。
一つ付け加えると、コンサートにはほかにも飲食関係のブースがあったようで、ラザニアのようなひき肉たっぷりのご馳走をトルコメンバーが買ってきました。私がいらないお世話でヒマワリの種をくれた方におすそ分けしようとしたら、宗教上の理由で食べられないと言われました。
宗教上の食事制限は迎えてくれたトルコメンバーにもあって、牛肉・鶏肉はOKでしたが、豚肉はNGです。いずれトルコメンバーを日本に迎える際には留意しなければいけません。(続く)
posted by nora_asuke at 11:20| Comment(0) | #旅行
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