2020年01月06日

還暦同窓会 2

学年全体で140名あまりの同窓生と二人の恩師が出席されました。
恩師のお一人宇野耕児先生は、昨年ご自身の自分史と教育実践、さらに不登校や引きこもりの青年たちやその親御さんらとの取り組みを著書にして出版されており、会場に持参されました。(Amazonからも購入可能です)。
https://www.amazon.co.jp/全ての人が人間らしく生きていける共生社会を-宇野-耕児/dp/4903036324/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&keywords=%E5%85%A8%E3%81%A6%E3%81%AE%E4%BA%BA%E3%81%8C%E4%BA%BA%E9%96%93%E3%82%89%E3%81%97%E3%81%8F%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%91%E3%82%8B%E5%85%B1%E7%94%9F%E7%A4%BE%E4%BC%9A&qid=1578277188&sr=8-1
私は、あいち民研を通して一足先に読んでいましたので、全体を通して千種高校での記述が物足りなかったと、生意気な感想を電話でお伝えしたものですから、では、あなたが率先して、当時の活動をまとめてくれないか、という具合に話が進んでいったのでした。(詳しくは、このブログの2019年8月30日「学祭の頃」という記事をご覧ください。)
先生の著書は、会場で順調に売れていたようです。私は、当日参加していなかった当時の生徒会長あてに著書を1冊お送りすることを約束して、懐かしい級友たちと思い出に浸っていました。
3年間の高校生活で、私たちにとって大きな出来事だったことの一つは「修学旅行に私服で行く」ことでした。学年全体で意見をまとめていく作業は、卒業生の誰しもが貴重な経験であったと感じている様子がうかがえました。
その後、私自身が教育学というものを専攻してしみじみ思うのが、学生時代にこうした民主的な討論を経て結論に至るという経験が、日本人全体に圧倒的に不足しているのではないか、という仮説です。日本人がディベート下手とか、英語が喋れないとか言うのは、そういう「議論するという経験がない」こと自体に問題があるのではないかという、民主主義の成立にかかわる大きな問いかけです。
この先、「まとめの作業」がどのように展開するか未知数ですが、できるだけ多くの関係者に経験を語ってほしいと思っています。
「最後になるかもしれない」と言われた還暦同窓会でしたが、10月に客船飛鳥Uでの船上同窓会が開かれそうな勢いで一次会は散会しました。
二次会の会場で、思いがけず連句ROCKの記事を読んでくださった方から声をかけていただいたり、たくさんの成果を得て帰宅したのは午後9時半でした。
結い上げた髪のとりあえず付け毛の部分だけを息子に外してもらって、翌日の事務所開きに備えて布団に入ったのが、11時でした。
どうやらオリンピックどころではない新年のスタートを切ったようです。
posted by nora_asuke at 12:02| Comment(2) | #高校時代
この記事へのコメント
はじめまして。1990年代後半の宇野先生が定年退職までの3年間をお世話になりました。ちょうど1年生の時の担任をしてもらいました。
僕の人生で最初に「問う」ことを教えてくださったのが宇野先生でした。出版されてから2年たちようやく本書を知り、懐かしく読みました。当時の先生の語りが頭の中に蘇りました。
卒業後、一度もお会いする機会を持てずに、あれから20年以上が経ってしまいましたが、こちらのブログで宇野先生のことが書かれており、思わず嬉しくなりコメントいたしました。
Posted by SK at 2021年05月10日 11:09
>SKさん
>
コメントありがとうございます。宇野先生のご本もお読みいただいたとのこと、ブログを続けてよかったと思っています。先生との約束はコロナのせいで宙に浮いたままですが、いつか形にしたいと思っています。
Posted by nora_asuke at 2021年05月10日 16:45
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