2008年06月30日

いきものがかり

最近ラジオで、この名前を聞くことが増えました。由来は「生き物係り」。説明しなくてもわかりました?昨年、名古屋のZEPPで、MEN☆SOULと一緒に歌ってたバンドです。
一緒に、というのはちょっと違うな。4組のバンドが順番に出てきて、1番目がメンソ、2番目がOne of rock(ワンオブロック)3番目がいきものがかり、そしてトリをつとめたのが「シド」というビジュアル系バンドでした。
シドは、福岡のZEPPでもトリをつとめていたと言っていたので、てっきり1番早く全国区になるのだろうと思ってましたが、いきものがかりの方が早かったですね。派手な演出はなかったですが、ボーカルのきよえちゃんが、ぴょんぴょん飛び跳ねながら歌っていたのには驚きました。歌手も体力勝負だなと。春に「花〜は、さく〜ら、君〜はうつく〜し」という、曲でいっきに駆け上がった感じです。
たまたま、メンソを見に行って、ついでに見ちゃった、くらいにしか思ってなかったんですが、こうしてメジャーになってきたのを見ると、なんか応援したい気持ちになります。
実はメンソも、新曲をリリースしたんですよ。「花火」というバラード(多分)で、携帯にダウンロードできるんですが、私のケータイはもちろん、子どもたちのケータイでもそれが不可能で、まだ聞いてません。
謡曲というと、アイドル全盛のころには10代でデビュー、二十歳すぎたらただの人、みたいに思ってたので、メンソのメンバーが20代半ばにして、北海道からせいぜい東北地方までしか進出してないのははなはだヤバイのでは、と思ってしまいます。しかし、名古屋を拠点に活躍してきたセンチメンタルシティーロマンスが、いまだに活動を続けているのを見ると、拠点を北海道から移さない彼らのやり方もそれはそれでいいじゃん、とも思います。
果たして「花火」はCD化されるのか?気のもめる月末です。
posted by nora_asuke at 14:39| Comment(0) | 無題

2008年06月28日

地下鉄のドジ

私が子どもだったころ、平日の午後5〜6時台は子ども向けテレビ番組が充実していました。ローカル民放も頑張ってましたが、何といってもNHKの人形時代劇「新八犬伝」は、ご記憶の方も多いのではないでしょうか。「仁義礼智忠信考悌」(直しました(^-^;)と諳んじることができる方も少なくないと思います。
もう少し若い世代には「三国志」のようですね。今、三国志をモチーフにしたゲームソフトが多いのは、クリエーターの皆さんがその世代だったからでしょう。
ところで、たぶん中部エリアの限定ドラマだっただろうと思いますが、「地下鉄のドジ」という人形劇がありました。ドジという名の少年が、ゼロ番線から発車する地下鉄に乗って、さまざまな不思議な経験をするというものです。私はもう高校生になっていて、年の離れた弟が見ていたのを横から見ていてだけですが、「ゼロ番線の地下鉄」というものに、ひどく興味をひかれました。
というのも、私が通っていた高校の最寄りの駅の一つ手前で、折り返し運転をする待機車両が闇の中に無人で置かれていたのです。その無人の車両を見るたびに「あれに乗ったら、どこかへ行けるかもしれない」とわりと本気で思ってました。
そんなこともしばらく忘れていたのですが、あの世界的に有名になったハリーが同じような設定で魔法学校へ出かけるのを読んで、思い出しました。
今、テレビといえばバラエティーばかりで、ドラマにしてももとはコミックと、往時のクリエーター魂が感じられません。どうもテレビというメディア自体が限界なのでは、と危惧しています。
posted by nora_asuke at 14:51| Comment(0) | 無題

2008年06月27日

人民大学

タイトルの人民大学、字面だけを見ると中国の国立大学のように見えるかもしれませんが、日本共産党が毎年夏に開いていた、党員あるいは後援会員などの共産党中級者向けの一大学習イベントでした。過去形にしたのは、もうここ数年開催されてないからです。残念です。子どもが大きくなったら一緒に行こうと楽しみにしていたのに。
私が初めて参加した人民大学は、大学3年、南紀白浜で行われた時です。民青の県委員会から直行の夜行バスが出されることになっていたんですが、今時のデラックスなバスじゃなくて、せいぜい5センチくらいリクライニングする普通の観光バスでした。県の事情まではよく知らないのですが、運転手の方たちも同志(共産党員同志では、お互いをこう呼びます)だったらしく、道中ちょっとしたカーアクションがありました。右翼の街宣カーが、バスの後ろをついて来たのです。大通りから突然路地へ曲がって、一旦逆走してまた大通りに戻る、と、そんなことを3度くらい繰り返しました。
到着したのは朝の5時。右翼の皆さんの方が早く到着していて、紐を使わずに、ポールをよじ登って日の丸を掲げていました。
2回目は、結婚して2年目、夫と二人で萩まで赴きました。山陽新幹線で小郡まで、さらにバスで萩まで、という行程でした。
1回目も2回目も、講師陣は超豪華で、1回目の時には不破さんが来てました。2回目には石井副委員長がいらしたように記憶してます。1科目3時間の大学よりも過酷で密度の濃い授業でしたが、不破さんが「これは生理的に必要なことですから」と45分の講義の後必ず15分の休憩をとっていたことを印象的に覚えています。「科学的社会主義」を掲げる我が党は、あくまで科学的だなと。
posted by nora_asuke at 14:25| Comment(0) | 無題