2008年03月31日

シナリオ ヤンママブギ  9

9 和也の店

○道(夕方)
   バイクで走って来る、あやと高志。
あや「今日からさ、母ちゃん、父ちゃんの店手伝いに行くから、高志、一人で留守番しててよね」
高志「どのくらい? 寝る前には、帰る?」
   あや、困って
あや「母ちゃんも、行ってみなきゃわかんないんだ」
高志「トラックの免許はどうすんの? もう少しでとれそうなのに」
あや「うん……。でも、父ちゃんが戻ってくれたら、母ちゃんが稼ぐ必要、ないもんな」
高志「つまんないね、父ちゃんがいると」
   あや、返す言葉がない。

○あやの部屋(夕方)
   炬燵にあたっている、高志。
   慌ただしく化粧している、あや。
あや「ご飯が炊けたら、おかずチンして食べるんだよ。やけどしないようにな」
高志「大丈夫だよ。いつも、やってるじゃねえか」
あや「母ちゃんたちが帰ってくるまで、ちゃんと鍵掛けてるんだよ」
高志「うん。母ちゃん……」
あや「なんだい?」
   と、振り返る。
高志「とんねるず見てていい? 寝る時」
   あや、高志が、不憫。
あや「しかたないな。いいよ」
   高志、笑顔を作って
高志「とんねるずが見れるなら、母ちゃんいなくてもいいや」
   あや、立ち上がって、高志の頭を抱く。
あや「なるべく早く帰るからな」
高志「いってらっしゃい」
   あや、手を振って、部屋を出る。

○あやのアパート・前(夜)
   部屋から出てくる、あや。
   後ろを振り返りながら、歩いて来る。
   タクシー止めて、乗り込む。

○ピンサロ・前(夜)
   けばいネオンの、いかがわしい店。
   タクシーから降りて来たあや、メモと店を見比べる。
   戸惑っているあやの後ろから、和也と清水りか(23)が連れだ
   って現れる。
和也「遅かったじゃねえか」
   りか、和也の情婦を気取っている。
りか「誰よ、この女」
和也「俺の女房だよ」
   驚く、りか。
和也「女房っていえば、女房だよ」
   りか、あやを睨み付けて
りか「ふん!」
   と、店の中へ。
   あや、和也に詰め寄る。
あや「誰よ、今の」
和也「俺の女だよ。この店を仕切らせてる」
   あや、開いた口がふさがらない。
あや「どういう事? 一体」
和也「あや、俺たち、六年も離れてたんだぜ。その間に、俺が誰と付き合ったって不思議はないじゃないか」
あや「そんな、勝手な事……」
和也「勝手だ? 勝手はどっちだ? 頼みもしねえのに子ども生みやがって」
あや「あんたの子だよ! 頼むも何もないだろう」
   通行人が、何ごとかと足をとめる。
和也「ちょ、ちょっ。あや、中入ろう」
   と、あやの肩を抱く。
   あや、和也の手を振り払って
あや「ごめんだよ。あの女がいるんだろ。どの面下げて入ってくってんだよ」
   和也、猫撫で声で
和也「あや、わかってんだろ? 俺の女房はおまえなんだ。あいつには、四の五の言わせないよ」
あや「本当だね?」
和也「あいつに、言ってやれよ。紅孔雀の桂木あやを知らねえかって。びびるぜ」
   と、にやり。あやを抱いて、中へ。
あや「そ、それは、和也!……」
   和也には逆らえないあや。

○あやの部屋(夜)
   炬燵で、テレビ見ている高志。
   眠っている。

○ピンサロ・内(夜)
   りか、他女達、揃いのけばい衣装をつけて、客の相手をしてい
   る。
   りか、ほとんど半裸状態。

○ピンサロ・控え室(夜)
   あや、りかたちと同じ衣装をつけて、店のほうを伺っている。
   後ろから、声を掛ける和也。
和也「どうだ、なかなか活気があるだろう」
あや「私に、あれをやれって言うの?」
和也「ま、ゆくゆくは帳場におさまってもらってもいいが、とりあえずはな。客がよろこぶぜ。おまえの体は、この俺が一番よく知ってるからな」
   と、あやの体をなで回す。
和也「りかは、稼ぐぜ。店長の俺が、りかを可愛がるわけがわかるだろ」
   あや、和也の手を振り払って、店へ出ていく。
   にやりとする、和也。

○ピンサロ・表(夜)
   人通りも疎らな深夜。
   店の嬌声だけが響く。

○道(朝)
   バイクに乗った、あやと高志。
   あや、寝不足の目に、日光が眩しい。
あや「ごめんよ、高志、遅刻だよ」
   バイク、走り去る。

○あやの部屋
   布団で、眠っている和也。
   炬燵でうたたねしているあや。
   呼び鈴が鳴る。
声「宅急便でーす」
   はっと、立上がり、髪をとかしてドアへ向かうあや。
あや「はーい」
   あや、眠い。

○ピンサロ・内(夜)
   りかに負けないサービスで、客にしなだれかかる、あや。
   りか、あやにガンをとばして、客に媚びる。
   ×    ×    ×
   控え室から覗いて、ほくそ笑む和也。

○あやの部屋
   日曜日。
   布団で寝ている、和也。
   テレビを見ている高志。
   和也、起きて来て、チャンネルを変える。
   高志、むっとして、元のチャンネルに戻す。
   和也、かっとして、いきなり高志に蹴りをいれる。
   声もなく、倒れる、高志。
   和也、冷酷に
和也「覚えとけよ」
   と、チャンネル変える。
   和也を見る、高志の恨めしそうな目。
   あやが、帰って来る。
あや「ただいま」
   不穏な空気に気付いて
あや「どうかしたの?」
   高志、立ち上がって、外へ飛び出す。
和也「どうもしねえよ」
   と、テレビ見ている。

○ピンサロ・内(夜)
   やけくそで騒ぐ、あや、りか、女達。

○ピンサロ・控え室(夜)
   給料袋を配っている、和也。
   袋を開けて、騒いでいる、女達。
   りかは、満足そう。
   不満そうなあや。
あや「なんで、私にはないんだよ」
和也「おめえは、俺の女房だからな。俺が預かっとくよ」
あや「そんな事言って……、今月、家賃も払ってないんだよ」
   和也、しょうがないなと、財布から、札を数枚取り出して、あ
   やに渡す。
和也「そんな、貧乏ったらしい事、ここで言うなよ」
   りか、あやを冷ややかに見る。
   屈辱に耐えている、あや。

○あやの部屋(夜)
   炬燵で寝ている、高志。
   酔っ払ったあやを支えて、入ってくる和也。
和也「高志、起きろ! おっ母さんを布団へ連れてけ」
   高志、起きるわけがない。
和也「高志!」
   と、高志を蹴る。
   びくっと、飛び起きる高志。
   あや、正気に戻って
あや「何すんのよ」
   と、高志をかばう。
和也「ちぇ」
   と、部屋を出ていく。
あや「あんた? どこ行くの? あんた」
   あや、怯えている高志を抱いたままで。

○あやの部屋(朝)
   高志が、一人で朝食食べてる。
   眠りこけてる、あや。
   高志、時計を見て、立ち上がる。

○バス(朝)
   満員のバス。
   潰されそうになりながら、乗っている、高志。

○あやの部屋
   焼き芋屋の声が響く。
   炬燵で目を覚ます、あや。
   高志がいないのに気付く。
   あや、立ち上がって、きょろきょろ。
あや「高志? 高志!」
   玄関へ飛び出して、高志の靴がないことに気付く。

○保育園・園庭
   子ども達と、遊んでいる高志。

○保育園・職員室
   電話で喋っている、里子。
里子「高志君なら、外で遊んでますけど」
   窓越しに、遊んでいる高志が見える。

○あやの部屋
   電話で喋っている、あや。
   ほっとする。
あや「そうですか、よかった」
里子の声「どうかしたんですか? 高志君」
   あや、慌てて
あや「いえ、あの、今朝は主人に送ってもらったもので、迷わずにつけたかどうかな、と思って……」
   
○保育園・職員室
   電話で喋っている、里子。
里子「まあ、お父さんが! よかったですね。高志君もだんだんお父さんになついてきたみたいで」

○あやの部屋
   電話で喋っているあや。
あや「ええ、まあ、ありがとうございました。高志をよろしく」
   と、電話切る。
   大きく溜め息。

○道(夕方)
   バイクで走る、あやと高志。
あや「よく、乗るバスを間違えなかったな」
高志「俺、毎日バスで行ってもいいよ。そうすりゃ母ちゃん、ゆっくり寝てられるじゃん」
あや「高志……」
   と、鼻水すする。

○ピンサロ・控え室(夜)
   和也に詰め寄る、あや。
あや「あんた、夕べどこ行ってたんだよ」
和也「どこだっていいだろ」
あや「あの女んとこだろ。よくも、そんな人をなめた真似ができるね」
和也「気の強い女とガキのいるとこじゃ、気が休まらねえんだよ」
あや「てめえの子どもじゃないか!」
   あや、大きく溜め息。
あや「わかったよ。あんたに頼って生きて行こうと思った私が馬鹿だった。今日限り、夫婦でもなきゃ、親子でもないや。家には戻ってくれなくて結構だよ」
   と、出て行こうとする。
   和也、あやの腕をつかんで
和也「待てよ。来月には、もっと広い部屋借りてやるからさ。そうすりゃ、俺だって、ガキがいても気にならない」
   和也、あやの体を愛撫始める。
和也「俺ぁよ、おめえに惚れてるんだぜ。あや……」
   あや、困惑している。
   ×    ×    ×
   あやと和也を睨んでいる、りかの鋭い目。
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2008年03月30日

シナリオ ヤンママブギ 8−2

○保育園・園庭
   園児たちが遊んでいる。
   まだ、お迎えの時間ではない。
   歩いて来る、あやと和也。
   高志、あやを見付けて、駆け出す。
高志「母ちゃん!」
   里子も、あやを見付けて
里子「あら、田沢さん……」
   高志、あやに駆け寄るが、和也に気付いて怪訝な顔。
   和也、サングラス取り、
和也「オッス」
   高志、あやにしがみつく。
   あや、笑って
あや「高志、父ちゃんだよ。高志の父ちゃん」
高志「父ちゃん?」
   里子、近付いて来て
里子「まあ、お戻りになったんですか? ご主人」
   あや、照れ臭そうに
あや「ええ、先生にもご心配かけましたけど、どうにか落ち着けそうです」
里子「で、今から?」
あや「ええ、とりあえず三人で食事でもしたいな、と……」
   里子、高志を見て
里子「よかったね、高志君。今からお父さんと食事だって。お帰りの支度しておいで」
高志「もう、帰っていいの?」
里子「いいのよ。今日は特別な日なんだから」
   と、あやに微笑みかける。
   あや、和也を見て、照れている。
   あや、高志に
あや「ほら、早く鞄とってきな!」
高志「うん!」
   と、嬉しそうに駆け出す。
   遊んでいる子供達を、うっとうしそう見ている、和也。

○高級レストラン(夜)
   物珍しげに、きょろきょろしながら歩いて来る、高志。
   その後ろにあやと和也。
高志「すっげぇ。テレビに出てた店じゃん、ここ」
   あや、高志をたしなめて
あや「高志、少し静かにしな」
   和也、機嫌の悪い顔をしているが、慣れた仕種で、店員に案内
   させる。
   和也を、頼もしげに見る、あや。

○京子のアパート(夜)
   子どもを寝かしつけて、そっと起き上がる京子。
   襖のこちらでは、晩酌している、康夫。
   京子、康夫の隣に来て
京子「今頃、先輩、和也さんと久し振りに…」
   と、嬉しそうに、康夫に擦り寄る。
京子「やっぱさぁ、女は、男に守られてなきゃ駄目だよね。先輩、この頃色気も何もなくなってたもの。和也さんにも、ちょうどいいきっかけができて、よかったよ」
康夫「でもなぁ、和也、俺と違って、子ども好きじゃないしなぁ。六年も離れて暮らしてて、うまくいくのかな」
京子「大丈夫よ。夫婦なんだもの」
   と、康夫にしなだれかかる。

○高級レストラン(夜)
   運ばれて来る料理を前にして、和也、あや、高志。
   高志、料理が口に合わなくて、食が進まない。
あや「ほら、高志、食べな。こいつ、高いんだぞ」
   と、料理にナイフをいれてやる。
高志「俺、デニーズのハンバーグのほうがいいや」
   と、ナイフとフォークを投げ出す。
   あや、和也に
あや「ごめんね、和也。こんな高級な料理、食べさせた事がないから、味がわかんないんだ」
   和也、高志のことは気にとめていない。
和也「あや、おまえ、俺の店手伝ってくれないかな」
   あや、喜ぶ。
あや「もちろんだよ」
和也「近頃、不況でよ、値の張るホステス雇えないんだ。おまえなら身内だから、給料安くても文句言わねえだろ」
   あや、不安を押さえて。
あや「水商売なの?」
和也「稼ぐには、それが一番なんだよ」
あや「でも、夜は高志を一人にするわけに行かないし」
和也「ガキなんざ、気にするこたねえよ。俺らだって、ガキの時分にはほったらかしだったさ」
あや「そりゃ、私もそうだったけど……。だから、高志には、寂しい思いさせたくないんだよ」
和也「いいか? あや。親の勤めは、まず稼ぐことだ。食うにも事欠く有様で、贅沢言ってられないだろ?」
あや「そうだけど……」
   不安が、隠し切れない。

○あやのアパート・前(夜)
   タクシーを降りて来る、あや、和也、高志。
   眠っている高志、和也におんぶされている。
和也「重てえな、こいつ」
あや「来年は、小学校だからね。こっちだよ」
   と、部屋へ。

○あやの部屋(夜)
   電気つけて入って来る、あや、和也、高志。
   高志、ぐっすり眠ってる。
   あや、布団を用意して、高志を寝かせる。
   和也、高志を下ろして、やれやれ。
和也「チキショー、なんて重たいやつなんだ」
   あや、笑いながら、缶ビール等取り出して来る。
   あや、こたつに入って
あや「こっち来て少し飲もうよ。っても、何にもないんだけどさ」
   和也、部屋を見回しながら炬燵へ来て
和也「おめえ、六年間、本当に一人でこいつ育ててきたのか」
あや「そうだよ」
和也「男連れ込んだりしてなかったか」
   と、あやを抱き寄せる。
あや「ないよ……」
和也「本当だな」
   と、あやを押し倒す。
   電気が消えて……。

○あやの部屋(朝)
   こたつで、眠りこけてる、和也とあや。高志が起きて来る。
高志「母ちゃん、おねしょ……」
   はっとして立ち上がるあや。慌てて身支度して
あや「早く着替えな。風邪ひくよ」
   と、着替えを用意する。
   和也が、もぞもぞと目を覚ます。
和也「うるせえな、寝小便だ? そんなやつぁ、外へ放り出せ」
   どきっとする、あやと高志。
あや「ご、ごめんよ」
   高志を、風呂場へ手招きして
あや「高志!」
   と、小声で呼ぶ。
   怖じ気付いている、高志、怖そうに和也を見る。

○保育園・前(朝)
   バイクで乗り付ける、あやと高志。
高志「ねえ、父ちゃん、今日もいる?」
あや「何言ってんだい、父ちゃんだよ。これから、ずーっと一緒に暮らすんだよ」
高志「俺、母ちゃんと二人のほうがいいな」
あや「馬鹿なこと言ってないで、さっさと行きな」
   と、高志を押し出す。
   とぼとぼと、園の中へ入っていく高志。
   あや、見送って、バイクで去る。

○清掃会社・前(朝)
   バイクで乗り付けた、あや、中へ。

○清掃会社・事務所(朝)
   清子、他、従業員が集まっている。
   挨拶している、あや。
あや「主人の店を手伝うことになりましたので」
清子「そーお。ま、元気でやってね。これ、今月分のお給料」
   と、封筒を渡す。
清子「少しだけど、こないだの見舞いも入ってるから」
   と、微笑む。
清子「あんたも、いろいろあったみたいだけど、幸せになるのよ」
あや「ありがとうございます」
   と、涙が滲む目を気付かれないよう、深々とお辞儀する。

○保育園・教室
   誰もいない室内で、ぽつんと一人、高志。何をするでもなく座
   っている。
   里子が、教室を覗いて
里子「あれ? 高志君、みんなと遊ばないの」
   返事もしない、高志。
   首を傾げる、里子。

○あやのアパート・前
   バイクで戻ったあや、鼻歌まじりで部屋へ。

○あやの部屋
   こたつで寝転がって、煙草吸ってる和也。
   テレビのリモコンをかちゃかちゃしてる。
   あやが、戻って来る。
あや「ただいま」
   あや、嬉しそうに給料袋を見せながら、和也の隣に座る。
あや「見て見て。お見舞いだって、三万円も余計に入れてくれたんだよ」
   和也、袋をあけて、中を確かめる。そして、自分のポケット
   へ。
   あや、あ、と言う表情。だが、何も言わない。
   あや、明るく
あや「ねえ、あんたの店って、どこにあるの? 店の近くに部屋借りたほうが、高志、安心だよね。広くて安いマンション捜しといてよ」
   和也、あやの話に関心がない。立ち上がって上着を着る。
あや「どこか、行くの? 私も一緒に……」
和也「来なくて、いい」
あや「和也!」
   和也、部屋を出ていく。

○保育園・園庭(夕方)
   お迎えの母親が行き来している。
   歩いて来る、あや。
   高志、あやを見付けるが、いつものように駆け出さない。
あや「高志! 帰るよ」
   高志、立ち上がらない。
   里子、あやに近付いて
里子「高志君、このごろ元気ないですね」
   あや、困ったように
あや「今まで、私と二人っきりだったもんで、父親とどう付き合っていいのかわからないみたいなんですよ」
   里子、うなずいて
里子「急でしたもんね。でも、血の繋がったお父さんなんですから。じきに慣れますよ」
あや「ええ」
   と、うなずいて
あや「ほら、高志、行くよ!」
   と、手をひいて立たせる。
   里子、高志を覗きこんで
里子「高志君、お父さんに、うーんと遊んでもらいなさい。今までの分もね」
   高志、あやを見上げている。不満がありあり。
   あや、溜め息ついて
あや「ありがとうございました」
   と、お辞儀して、高志を連れて行く。
   手を振っている、里子。
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2008年03月29日

シナリオ ヤンママブギ 8−1

8 現れた和也

○ビルのロビー
   清掃員の服を着たあや、先輩社員の金子清子(57)から指導を
   受けている。
清子「歩いてる人の邪魔にならないよう、人の流れを見てね。それから、不審な物が落ちてたら、勝手な判断しないで、必ずキャップの指示を仰ぐ事。いい?」
あや「はい」
   と、うなずいている。

○ビルの階段
   掃除している、あや。
   そのそばから、煙草捨ててく男がいてむっとする。が、おとな
   しく掃除続ける。

○保育園・園庭
   お迎えの母親と園児たちが大勢。
   あや、上機嫌で来る。
   手を振っている高志と、里子。
あや「高志!」
   と、親指突き出して見せる。
   あやに、飛び付く高志。
里子「お仕事、見付かりました?」
あや「ええ。ま、ぱっとしない仕事ですけど」
里子「どんな仕事だっていいんですよ。一生懸命働くお母さんに育てられる子は、みんな働き者になりますよ」
   と、高志を見る。
あや「ですかね」
   と、まんざらでもない。

○銀行・前(夕方)
   バイクで来た、あやと高志、ATM機の前でとまる。
あや「今日は、母子手当てのおりる日だから、久し振りに肉買って帰ろうか」
高志「うん」
   と、あやについて、銀行の中へ。

○銀行・ATM機前(夕方)
   あや、通帳を機械に入れ、暗証番号を押す。
   表示板に「残高がありません」の表示。
   通帳が出てくる。
   あや、もう一度繰り返すが、結果は同じ。
   あや、ほとんど残高のない通帳を見て
あや「どうなってんだよ、タコ」
   と、つぶやく。

○自動車学校・ロビー(夜)
   コースを見ている、高志。
   教習を終えて、あや、戻ってくる。
高志「母ちゃん、すげぇうまかったよ!」
あや「サンキュ」
   と、笑う。
   事務員の声がする。
事務員「田沢さん!」
あや「はい」
   と、カウンターへ。
   事務員、書類見ながら
事務員「田沢さん、教習料金、分割払いでしたね」
   あや、やばい、という顔で
あや「はい」
事務員「二回めの振り込みが、今日までなんですが」
   あや、拝んで
あや「すみません、ちょっと事情があって……。来週、来週払いますから」
事務員「困るんですがね」
あや「お願い! この通り」
   と、頭をさげる。
   事務員、溜め息。

○ビルの男子トイレ
   男性たちの白い目に耐えて、入っていくあや。
   個室の一つに「清掃中」の札をかけて中へ。
   弁当箱ほどの白い紙袋がおいてある。
   あや、摘んで持ち去ろうとする。
   途端に、袋の中から白い煙が吹き出す。
   激しく咳き込む、あや。
   回りはパニック。
   あや、気を失う。

○ビルの休養室
   ベッドに寝かされている、あや。
   心配そうに覗きこんでいる、村木。
   苛々と立っている、清子。
   あや、目を覚ます。
村木「大丈夫ですか?」
   あや、半身を起こして、回りを見る。
あや「タコ、なんでおまえが……」
   あや、思い出して
あや「煙……、あの煙は?」
村木「心配ないっすよ。発煙筒に胡椒が混ぜてあっただけっすから。しかし、物騒な時代になりましたね」
   清子が怒って
清子「田沢さん! 不審なものがあったら、キャップに連絡って言ったでしょ! 勝手なことしちゃ困るのよ!」
あや「すみません」
清子「今回は、ただのいたずらだったみたいだけど、本当の毒ガスだったら、会社の責任問題にもなるの。注意してくれなくちゃ」
   あや、小さくなっている。
清子「あなた、まだ見習いなんですからね。今度の事で首になっても、私、知りませんからね」
あや「そ、そんな、キャップ! 金子さん」
   清子、そっぽを向いている。
   肩を落とす、あや。
村木「田沢さん、いつ仕事かわったんですか? おまけに、僕の事、勝手に保証人にして」
   あや、全身から力が抜けている。
あや「ごめん。公務員の知り合いないですかって聞かれて、つい……。あんた、いい人みたいだから、きっと怒らないと思ったんだ」
   あや、村木にしがみついて
あや「どうしよう! 今の仕事なくなったら本当に、私たち飢え死にだよ。なんとかしてくれよ、タコ……」
村木「落ち着いてください。じっくり話を聞かせてくださいよ。いいですか」
   と、あやの手を離して
村木「まず、仕事をやめたいきさつから……」
   と、手帳を取り出す。
   あや、その手帳を取って投げ
あや「そんな悠長な事、やってられっかよ! 今夜の米代もないんだ」
   眉をひそめて、あやを見ている、清子。
   その後ろでドアが開き、パンチパーマにサングラスと言ういで
   たちの田沢和也(26)が入ってくる。
和也「情け無い事言うなよ、あや」
   あや、声の方を振り返る。
   和也、サングラスをはずす。
   あや、呆然としている。
あや「和也……」
   あやと和也を見比べている、村木。
あや「帰って来たの? 帰ってくれたんだね」
和也「京子が押し掛けてきてよ、先輩が大変だ、助けてくれって」
あや「京子が?」
和也「時々、様子知らせてもらってたんだよ。俺が、おまえの事心配してないとでも思ったか」
あや「ううん」
   首を振っている、あや。
   和也、ベッドに腰をおろし、いきなり馴々しい。
和也「俺もよ、稼ぎの少ないうちに戻ったんじゃ、かっこ悪いだろ? もう少し、もう少しなんて思ってるうちに、ひにちがたっちまって……。恨んでるか?」
あや「ううん。待ってた。ずっと待ってた」
   と、和也に抱き付く。
村木「お邪魔ですね……」
   と、そっと、ドアへ向かう。
あや「タコ、じゃなくて……」
村木「村木です」
あや「村木さん。世話になったね。うち、もう母子家庭じゃないや。保護なんてしてもらわなくていいよ、もう」
   と、和也を見る。
   和也、胸をはって
和也「ああ、石川興業の副主任として、店を一つ任されてるんだ。もう、こいつらに、惨めな真似させないよ」
あや「本当?」
和也「本当さ」
   あや、村木に
あや「だって」
村木「わかりました。所長にそう報告します。お幸せに」
   村木、目をぱちくりしている清子を押し出して、部屋を出る。
   アツアツムードのあやと和也。

○ホテルの廊下・休養室の前
   出てくる、村木と清子。
   村木、首を傾げながら
村木「そんなご亭主が、なぜ今まで姿を見せなかったんだろう?」
   考えながら、歩いて去る。
   清子、ドアの向こうが気になるが、村木について去る。
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