2008年01月31日

夢のつづき  10

    夢のつづき
第10回 物理ノート 
(前号まで:松田君に憧れる由芽子は、水田くんを持て余していた。)
 水田君からの電話の一件以来、由芽子は傍目にも水田君に冷たく振る舞うようになっていた。水田君からは、交際を申し込まれたわけでもなければ、今風にコクられたわけでもない。水田君の一人相撲につき合わされただけである。しかし、人を「ふる」ことの後味の悪さを由芽子は、いやになるほど味合わされた。由芽子が冷たくなったことで、水田君は、より一層辛気くさくなっていった。それが自分のせいだと思うのはつらかった。
 学祭で盛り上がった後には修学旅行が待っており、高二の秋は慌ただしくすぎていく。
 数学で落ちこぼれていた由芽子は、三角関数を必要とする物理の授業にもはなはだしく苦戦していた。物理の三井先生は、なんとか生徒に興味を持ってもらおうと、あの手この手で救いの手を差し延べてくれたがどれも由芽子にはむなしかった。
 一つだけ、液体窒素で凍らせたゴムのテニスボールが粉々に砕け散ったのは、理科という教科の持つ科学的な因果関係というものを、強烈にインプットしてくれた。
「物理ノート」は、そんな三井先生の編み出したあの手この手の一つだった。クラスを六つの班に分け、それぞれ授業の内容を交替で書いていくのである。ラッキーなことに、後期(千種高校では三学期制をとらずに、前期後期の二学期制であった。)の物理の授業で、由芽子は松田くんと同じ班になったのだ。
 物理は、わかる生徒にはとても簡単にわかる授業らしい。松田君は物理のわかる生徒だった。そんな松田君の描く、イラスト入りの物理ノートを由芽子は心待ちにしていた。
 ところが、他の班のノートは、定期的に巡回するのに、由芽子と松田君の班のノートは、たびたび滞った。見るのは楽しみだが、書くのは困ったなという由芽子だったから、これはありがたさと残念さの入り交じった状態である。その真相は、松田君の描いたノートが、あまりによくできていたので、三井先生が先生同士の研究会に資料としてたびたび持ち出していたからであった。そのノートを由芽子はうまいことに手元に置いたまま、二年生を終えてしまった。ノートは今も由芽子の日記とともに宝物入れに入れてある。
 とにかく、物理の授業では由芽子は松田君と一緒になれるのだった。実験の際の手際のよさにも、由芽子はほれぼれとしていた。しかし、そこまでのことである。それ以上に由芽子と松田君を結びつけるものは、何もなかった。 まわりでは、成績のいい子も悪い子も、見た目のよさにも関係なく、様々なカップルが生まれては消えていた。それを羨望の思いで見つめていた由芽子である。
 学年末になって、またも水田君の発案で、由芽子たちはクラス文集を作ることになった。各自、ボールペン原紙(といって、わかりますか?)半分の受け持ちで、好きなことを書く。扉見開きには、松田君の描いたクラス全員の似顔絵がのることになった。 松田君の描いた由芽子は、いすに片肘をもたせ掛け、由芽子のお気に入りだった縞のハイソックスをはいていた。割合に可愛らしく描かれている。
 松田君がこんな風に自分を見ていてくれたのかと、それだけで気持ちの温まる由芽子だった。
                               (続く)
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2008年01月30日

夢のつづき 9(番外編)

    夢のつづき
第9回 KISS ALIVE(番外編)
(前号まで:由芽子に思いを寄せる水田君に、由芽子は手を焼いていた。) 
西原君の話である。偶然ではあるが、高校の三年間を由芽子のクラスメートとして付き合った人物である。
 1年生の時は、松田くんとバンドを組んでいたが、2年生になって、「KISS」の武道館コンサートを再現するべく、新たなバンドを結成した。
「KISS」……。ご存じだろうか。お子さんの小さい読者の中には、「ハッチポッチステーション」の「KISSA」としてお馴染みかもしれない。あの「おなかのへる歌」の元歌「デトロイトロックシティ」が、この年1977年リリースされた。
 西原君の「KISS」に対する執着は尋常ではなく、1年生の時から教室にポスターをはりまくり、ロックに関する知識が皆無だった由芽子を驚かせた。また、机や教室の壁に「KISS」のメンバーのイラストを描きまくっていた。あの、顔に星やこうもりを描いた独特のメイクである。元祖ビジュアル系と言ってもいいかもしれない。
 その「KISS」が7月に武道館でコンサートを開いたのである。西原君がそのコンサートまで出かけたのかどうかは、本人に確かめていないので不明だが、なんでもビートルズ以来の入場者数を更新したというとんでもないコンサートだったらしい。そのコンサートを学祭で再現するという。
 西原君自身は、リードギターエース・フレーリーを演じることになっていた。その他にも、ドラム、ベース、ボーカルそれぞれメイクと衣装をまねて、学祭の舞台に立つことになった。
 西原君は器用だった。1年生の時に、特殊撮影用のビル街やコンビナート制作の任に当たったのも彼だった。彼とそのメンバーは、「KISS」の衣装を再現するべく、便所下駄を買いに走った。「KISS」の履く背の高いブーツを作るためである。彼等は便所下駄に角材を五寸釘で打ち付け、まわりをボール紙で囲って、高さ30センチはあるかというブーツを作り上げた。その他の衣装も全てボール紙である。
 もちろん、演奏のほうの準備もしなくてはならない。毎朝毎夕の練習が続けられた。あまりのことに影響を受けた由芽子は、レコード屋でとうとう「KISS」のアルバムを手に入れた。辛気くさい水田君には、もうかまってられないわ、という心境の頃である。
 学祭の前日、西原君たちは出来上がった衣装で本当に動きまわれるのか、メイクもこらした上で、校内を試しに歩いてみた。首尾は上々、取り巻きが次々に彼等を取り囲む。後は本番を待つばかりだった。
 翌日、彼等は再度のデモンストレーションを試みた。今度は手に「KISS ALIVE 本日10時より」というプラカードを手にしている。由芽子が「よくやるなあ」と思っているそばから、淑徳の女子高生が寄ってきて一緒に写真を撮ってくれと頼んでいる。いきがかり上シャッターを押して上げた、お人好しでおまぬけな由芽子の姿であった。
 そして、迎えた本番。会場を埋め尽くした聴衆は主催者発表1500人、池田貴族もかくやと思える大観衆である。
 「デトロイトロックシティ」のオープニングに観衆の手拍子が加わる。由芽子もその観衆の中にいた。由芽子とは縁遠い、それでいて確実に同時代を共有した一人の級友の青春の一日である。       (続く)
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2008年01月29日

夢のつづき 8

    夢のつづき
第8回 キャンプの夜
(前号まで:高校二年の夏、由芽子はコンタクトレンズにする決心をした。)
 コンタクトの修行は、由芽子の想像を絶するものだった。皆こんな思いをしてコンタクトをはめていたのかと思うと、尊敬の思いすらわく。それでも一週間ほどで修行はすんで、由芽子はコンタクトで登校するようになった。 由芽子の近視は、相当ひどくなっていたのである。視野が広がるとはこのことかと、コンタクトレンズに感謝した。同時に、由芽子は当時出始めたクルクルドライヤーで、前髪を巻き上げることにも挑戦してみた。要するに、人並みに女の子らしくしてみたくなったのである。
 学祭の映画の小道具に「お弁当」というのが出てきて、由芽子は一生懸命可愛らしいお弁当を作って撮影に貢献した。級友の、特に男子の由芽子に対する視線が徐々に緩やかになっていくのを由芽子は意識していた。それまでは、「新聞部の跡部さん」と言えば「文芸部の塚山さん」と同じくらい男子の間では恐れられた存在だったのだ。
 二年九組の中では、定光寺ロケの延長で、一泊キャンプを計画する機運が高まっていた。場所は、中央線をさらに奥へ入った釜戸と言うところである。ただしこのキャンプ、学校には無断で行われたものである。そのため、全員参加だったわけではないが、クラスの大半は参加していた。
 なぜ無断かといえば、保護者の同伴しないキャンプに教育委員会が許可を与えなかったからである。由芽子はその後の人生で、しばしば「教育委員会」なるものに煮え湯を飲まされる思いを重ねるのだが、このキャンプがそのきざはしだったとも言えるかもしれない。
 折あしく、台風の襲来とあいまってキャンプそのものは快適とはいかなかったが、クラスメートの様々な面を垣間見ることができて、興味深い一夜だった。ボーイスカウト出身の佐藤君が、キャンプリーダーとして目覚ましい活躍を見せてくれた。雨の降る中でターフをはって、イベント会場を用意し、大原君がピンクレディーの「渚のシンドバッド」を踊りながら歌ってくれた。水田君も、どこで仕入れたのか知らないが、大勢で遊ぶゲームをいくつも用意していて、それなりに女の子に受けていた。
 由芽子はと言えば、ただただ松田君がこのキャンプに参加していないのを残念に思っていた。水田君が一生懸命になればなるほど、由芽子の心は水田君から離れていった。
 それを知ってか知らずか、その後、水田君は各テントをまわって歩き、由芽子のテントまできて、由芽子の肩に手を置いて言ったのである。
「メガネのままの跡部さんがよかったのになぁ」……
そのセリフ、その態度、同じテントの女の子たちが見ているので降り払うわけにもいかず、そのままになっていたが、その時に由芽子の気持ちは固まった。私はこいつが嫌いだ……。
 天気のことを除けばキャンプは無事終了し、クラスメートの口は固く、学校にも教育委員会にも何も見とがめられずに終わった。映画の撮影もうまくいき、後は編集のスタッフにゆだねるばかりだった。
 さて、膨大に残った夏休みの宿題と格闘していた由芽子にある日、水田君から電話が掛かってきた。キャンプ以来、意識して避けていたので、さすがに不審に思ったらしい。いつものようにまわりくどい世間話から始まって、くどくどと続く水田君の話を、由芽子はどうしたものかと持て余していた。                                              (続く)
posted by nora_asuke at 13:47| Comment(0) | 無題